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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10208号 判決 1994年4月28日

主文

一  甲事件原告株式会社藤信及び乙事件原告株式会社サンセイ建物の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、甲事件原告株式会社藤信及び乙事件原告株式会社サンセイ建物の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実並びに原告藤信がその主張のように本件土地を取得した上、平成二年二月一三日これを原告ら主張の約定により被告に売却する旨の売買契約を被告との間で締結し、被告から代金の支払を受けて所有権移転登記手続及び引渡を了したこと、被告が本件土地の売買につき原告サンセイ建物に対しその主張のような仲介手数料を支払つたこと、佐藤誠が被告の被用者であり大宮営業所長の肩書を付与されてその地位にあつたことは、当事者間に争いがない。

二  まず、事実経過についてみるに、右争いのない事実と《証拠略》を総合すれば、以下のとおり認められる。

1  原告藤信は、不動産の売買、仲介等を目的とする会社であり、平成元年五月一八日、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各土地を代金六億五八七三万円で取得し、地上建物を取り壊したが、この間、地元の金融機関や不動産業者からビル又はマンションの建築用地として買受けの引合いがあつた。しかし、原告藤信としては、右三筆の土地に隣接し、蛇の目ミシン工業株式会社(以下「蛇の目」という。)が店舗、事務所を地上に所有している同目録(四)記載の土地も取得して、一画の本件土地上に本件マンションを建築し、これを土地付区分所有建物としていわゆる専有卸し売買の対象とするか、又は一部を蛇の目に等価交換方式で取得させ、残部を販売するべく、その買主の紹介を不動産仲介業者の共栄不動産こと佐藤四郎に依頼したところ、同人が同業者の原告サンセイ建物にその情報を提供し、同原告がさらに被告の大宮営業所長である佐藤誠に右物件を紹介した。

2  被告は、大阪市に本店を置き分譲マンションの売買、仲介等を目的とする一部上場の会社(資本金一四六億八七〇〇万円余)で、東京支店は、東京都新宿区に支店登記されているが、東京本社と通称され、四事業部制(第一住宅事業部、第二住宅事業部、開発企画事業部及び流通事業部)を採つている。被告大宮営業所は、東京本社第一住宅事業部に所属し、北関東を一応の守備範囲とし、従業員四名で、昭和六三年四月の開設と同時に佐藤誠が所長の地位に就き、社内の稟議基準規定により、住宅事業用地の購入については、営業所長は、売価六億円以下の場合は決裁者、売価三〇億円以下の場合は起案責任者となつていた。もつとも、実際上の運用では、売価六億円の上下を問わず、物件概要書の作成、社内稟議、事業部長の承認、対外的な折衝等を経た上、事業部長又は副社長名義で対外的な売買契約の締結行為を行うのを常としていたが、必ずしも明瞭な基準があるとはいえず、後記のとおり、不動産仲介業者に対する買受け仲介の委任は営業所長が行い、これに基づいて被告も仲介手数料を支払つており、営業所長は、一定の範囲で被告を代理して第三者との間で法律行為を行う権限を授与されていた。原告サンセイ建物代表者は、昭和六二年七月当時、肥後興産株式会社(以下「肥後興産」という。)の専務取締役をしていたが、肥後興産において川口市内の土地を買収した上、被告との間で、これを未建築の区分所有建物であるマンションとともに代金五億六五〇〇万円で被告に売却する旨の土地建物売買契約を締結し、肥後興産名義で建築確認を取得した後、右売買を合意解約して被告に建築主名義を変更し、建物の完成引渡を了したことがあり、その際には、第一住宅事業部長が契約の締結行為を行つた。

3  原告サンセイ建物は、平成元年五月二二日、佐藤誠から地主と会わせて欲しい旨の依頼を受け、同年五月二九日、同人を原告藤信に引き合わせ、同原告が佐藤誠に対し土地の実測図等を交付して前記計画の説明をした。佐藤誠は、株式会社東洋企画センターに対し、当該敷地にどの程度の建物が建築可能であるかを確認するいわゆるボリュームチェックのための基本プラン平面図等を作成させ、同年六月中旬、本件土地を買い受けて一二階建の本件マンションを建築し、一階の店舗部分を蛇の目に等価交換方式で取得させ、残余を土地付区分所有建物として分譲する旨の物件概要書を作成した上、第一住宅事業部長の承認を得て、主に原告サンセイ建物を通じ、原告藤信ないし共栄不動産こと佐藤四郎と交渉を進めた。原告藤信は、法人が土地取得後二年以内に譲渡すれば、特別税率による法人税の重課(租税特別措置法六三条の二)を免れないところから、土地のみの売買を行うことは当初から考えておらず、同年七月に取得した台東区松ケ谷三丁目の物件(以下「松ケ谷物件」という。)とともに被告が専有卸し売買に応ずるか否かの検討を佐藤誠に求めた。佐藤誠は、この間、原告らに対し、大宮以北の北関東は大宮営業所が所轄し、所長が決裁権を有する旨言明していたところ、同年九月二二日、被告として買受けの意思表示をしたので、原告サンセイ建物は、原告藤信と被告が協力して、前記三筆のほか別紙物件目録(四)記載の土地から成る一画の本件土地上に本件マンションを建築し、これを土地付区分所有建物として第三者に分譲する旨の同年一〇月一六日付け本件共同事業協定書を作成し、これに佐藤誠が大宮営業所長として記名押印し、松ケ谷物件についても同様の協定書(ただし、土地代金は六億円、建物代金は被告の設計仕様が確定した後に施工業者との間で決定する旨約定)を作成した。

4  原告藤信は、同年一二月一三日、別紙物件目録(四)記載の土地を代金二億〇九九七万八〇〇〇円で取得し、所有権移転登記及び引渡も受けた後、本件物件を専有卸し売買の対象とする条件として、土地代金は一〇億六五〇〇万円とし、建物の分譲利益を六億円以上とすることなどを希望したが、佐藤誠との間で交渉が進まず、他の買主への売却も検討するようになつた。佐藤誠は、当初から専有卸し売買では社内決裁が難しいので、原告藤信が他に売却することを阻止して被告の買主の地位を確保し、自己の営業成績を上げるため、第一住宅事業部長の承認を得ないまま、不動産価格が上昇すれば何とか吸収できるとの考えから原告藤信に対して事前に一定額の利益金を保証し、設計、施工、近隣対策等はすべて被告が行うこととして、土地の売買につき国土法の届出をして所有権移転登記を行い、建築確認を取得した後に、錯誤を原因として右登記を抹消した上、未建築の区分所有建物を改めて土地付で売買する形式で再び国土法の届出を行うことを提案した。原告藤信は、右のような手法を採つた取引経験はなかつたが、利益金の保証等は破格の好条件であると考えてこれに応じ、原告サンセイ建物は、平成二年一月、本件土地の売買につき国土法の届出をし、同年一月二九日付けをもつてこれに対する不勧告通知を得た。その後、原告藤信の利益金等の調整に難航し、東京建物から総額三四億五三五六万円の専有卸し売買の引合いもあつたが、被告との代金総額を三四億円、原告藤信の利益金を五億二〇〇〇万円とすることで合意に達した。

5  そこで、原告サンセイ建物は、本件物件につき、平成二年二月八日付け本件売買協定書をもつて、(1) 原告藤信(ただし、税金対策上、原告藤信の関連会社である有限会社大晃商事との共同名義、以下、本項において単に「原告藤信」と略称する。)は、本件土地を被告に売り渡し、かつ、右土地上に本件マンションを建築し、これを土地付区分所有建物として被告に売り渡す、(2) 本件物件の代金は総額三四億円とし、その内訳は、土地代金を一〇億六五〇〇万円、建物代金を二三億三五〇〇万円とし、建物代金の内訳は、建築工事費を一八億一五〇〇万円(設計料、負担金、近隣問題解決金を含む。)、原告藤信の利益分を五億二〇〇〇万円とする、(3) 建物の予定工期として、公庫事業承認の取得は同年六月三〇日、建築確認の取得は同年七月三一日、着工は同年九月一日、上棟は平成三年一一月三〇日、完成は平成四年三月三一日、引渡は同年四月三〇日とする、(4) 被告は、原告藤信に対し、土地代金を本件土地の売買契約時に支払い、原告藤信の利益分を含む建物代金を着工時及び上棟時に各二億三三五〇万円、竣工引渡時に一八億六八〇〇万円支払う、(5) 原告藤信は、竣工引渡時の代金受領と同時に、建物所有権を被告に移転する、(6) 原告藤信と被告は、建物の建築確認及び公庫事業承認を取得し、本件物件につき国土法の届出に対する不勧告通知を受領した後、一四日以内に本件物件の売買契約を締結する、(7) 開発事業事前協議及び建築確認の名義は、原告藤信と被告の連名とするが、建物の設計監理者及び施工業者の選定は被告の任意とし、被告仕様により建築を行うこととし、近隣紛争問題(日照権、電波障害、工事公害等)は被告が原告藤信と協力して解決する、(8) 原告藤信は、建築確認及び公庫事業承認の取得が不可能となり、本協定の履行が困難であると判断したときは、本協定を解除することができ、その場合には双方とも損害賠償の請求はしない旨合意し、原告藤信代表者が本件売買協定書に記名押印し、佐藤誠も大宮営業所長としてこれに記名押印したが、右(8)の解除条項は、殊に佐藤誠の要望に従つて挿入したものである。その際、同人は、原告サンセイ建物に対し、売買の成立時に宅地建物取引業法四六条一項に基づく建設省告示所定の仲介手数料を支払う旨約したが、松ケ谷物件も含めると相当額に上るので減額の留保をした。

6  佐藤誠は、本件売買協定書の作成について、第一住宅事業部長に報告せず、本件土地のみの売買として社内稟議に上げ副社長の決裁を得た後、平成二年二月一三日、本件土地につき、売主を原告藤信、買主を被告とし、代金は一〇億六五〇〇万円とし、手付金及び中間金一〇億四五〇〇万円を契約締結時に、残代金二〇〇〇万円を同年三月一二日に支払い、契約締結時に所有権移転登記手続及び引渡を行う旨の不動産売買契約書を作成し、第一住宅事業部長の記名押印を得た上、原告藤信との間で締結行為をした。原告藤信は、右契約締結日に、被告から右手付金及び中間金一〇億四五〇〇万円の支払を受け、所有権移転登記手続及び引渡を了したが、右契約書には本件売買協定書と関連付ける記載文言がなく、また、本件売買協定書には前記のとおり佐藤誠が大宮営業所長として記名押印しているため、この間に関連性を持たせるべく、原告藤信が保有すべき不動産売買契約書についてのみ大宮営業所長の記名押印も得て、同年三月一二日、被告から残代金二〇〇〇万円の支払を受けたが、本件売買協定書には第一住宅事業部長の記名押印を求めることはしなかつた。被告は、原告サンセイ建物に対し、右各代金支払日に、土地代金の仲介手数料として約定の建設省告示所定額による合計三二〇一万円を支払つた。

7  佐藤誠は、その後、原告らから再三にわたり建築確認申請及び開発事前協議等の手続について照会を受けたが、これに着手せず、平成二年三月ころ、投機的な土地取引及び地価の高騰を防止するため金融機関の不動産業向け融資残高を規制するいわゆる総量規制が実施され、同年八月ころから、いわゆるマンション不況の影が差し始め、当初期待したような不動産価格の上昇が見込めないこともあつて、本件売買協定書に基づく原告藤信の利益分を含む建物代金の支払に苦慮し、原告らに対しては順調に推移している旨取り繕つた応答をしていたものの、第一回分二億三三五〇万円の支払予定日である同年九月一日を経過し、原告藤信の催告に従い、その決算期である同年九月末日までに支払うことを約したが履行できなかつた。そこで、原告藤信は、本件売買協定書を合意解約して、本件土地を買い戻すこととし、同年一〇月九日、被告の大宮営業所長宛と第一住宅事業部長宛の二通の解除通知書を作成した上、同営業所に赴き、佐藤誠と右通知書の発送及び解除承諾書について話し合つたところ、その席上、佐藤誠から、第一住宅事業部長には自分から説明するので解除通知書は前者にのみ発送して欲しい旨要請されてこれに応じ、さらに、本件土地の買戻資金の調達のため、被告が合意解除に応ずる旨の承諾書を作成して大宮営業所長の記名押印を徴した上、同年一〇月三〇日、右承諾書を提出して埼玉銀行から返済期六か月先のインパクトローン(使途無制限外貨借款)により四億円の融資を受け、翌三一日には首都圏ファクターから四億円の融資を受けた。

8  しかし、被告は平成二年一〇月五日に鴻巣市に対し開発事業事前協議の申請をしており、佐藤誠としても解除に伴う本件土地の返還の目処も立たず、平成三年一月ころでないと返還は難しいとして、本件売買協定書の続行を求めたところ、原告藤信は、そのころには建築確認を取得することができ、同年九月末日の決算期までに利益金を受領できればよいとの判断から、被告に前記融資金に対する金利分二〇〇〇万円を経費負担金として加算した五億四〇〇〇万円を支払わせることで、合意解除を撤回して右協定書の内容を続行することとし、コクヨの事務用紙に手書きした平成二年一一月二二日付け本件(一)支払約定書(ただし、支払期限の記載はない。)を作成した。これに対し、佐藤誠は、第一住宅事業部長の承認を得ることなく、右約定書に大宮営業所長として記名押印し、コピーすら取らないまま締結行為を終え、同年一一月三〇日には事前協議も完了したが、近隣対策や建築確認の手続を行わず、その後、建築費も高騰し、本件売買協定書による建物代金では事業として成り立たない見通しとなり、原告藤信から再三にわたり履行の催告を受けても、手続の遅延等を理由に応じなかつた。そこで、原告藤信は、平成三年の決算期を控え、同年六月七日付けをもつて、建築確認取得等の条件にかかわらず、右金員を同年七月五日に支払う旨の確定期限付の本件(二)支払約定書を作成し、佐藤誠に記名押印させたが、この間に佐藤誠の権限違反行為が被告社内で発覚し、右支払約束も履行されず、また、松ケ谷物件については、合意解除され、同年一〇月、原告藤信が他の買主との間で土地付区分所有建物として専有卸し売買をした。佐藤誠は、後に権限違反行為を理由に被告から懲戒解雇された。

三  右認定事実に基づき、甲事件における原告藤信の請求について判断する。

1  主位的請求について

(一)  原告藤信の主位的請求は、本件売買協定書及び本件支払約定書に基づく建物売買に伴う売主の利益金等の履行を求めるものであつて、本件売買協定書は、原告藤信と被告間において、本件土地とその地上に建築予定の区分所有建物である本件マンションを土地付区分所有建物としていわゆる専有卸し売買の対象とするものであり、右請求についての原告藤信の主張は、本件売買協定書により右建物について売買契約が成立したことを前提とするものであるから、佐藤誠の権限についてはひとまず措き、まず、右売買契約の成否について検討する。

およそ未建築の建物であつても売買契約の目的となり得ないものではなく、本件売買協定書において、建物の代金額及びその支払方法と所有権の移転時期の合意がされていることは前示のとおりである。そして、原告藤信は、不動産の売買、仲介等を目的とする会社であり、地上に分譲マンションを建築し、これを土地付区分所有建物としていわゆる専有卸し売買の対象とするか又は一部を元地主に等価交換方式で取得させることを予定して本件土地を取得したものであつて、法人の超短期所有土地等に係る重課の関係からも土地のみの売買を行うことは当初から考えておらず、不動産仲介業者である原告サンセイ建物の紹介により、分譲マンションの売買、仲介等を目的とする一部上場会社である被告の大宮営業所長佐藤誠との間で交渉し、被告と協力して本件土地上でマンションの建築分譲を行う旨の本件共同事業協定書を作成した後、本件売買協定書を締結している。

しかしながら、一般に、不動産の売買契約が成立するまでには、その準備、交渉の段階を経て具体的な売買条件が煮詰められ、最終的かつ確定的な意思表示の合致に到達するのが通例であり、不動産業界において、土地の開発事業に関し、業者間に一定の企画が持ち上がつた場合にも、基本的な枠組みや手順等を策定し、建物の仕様、構造、設備等に関する詳細な図面等に基づいて建築工事費の積算を行い、営利事業としての成算を見極めて資金計画を立て、行政上の各種規制、建築工事に伴う近隣住民との騒音、日照、電波被害等についても検討を遂べ、最終的かつ確定的な合意をみるのが通常である。法律上の規制をみても、国土法の監視区域に所在する土地を建物と一体として売買の目的とする場合には、建物の種類及び概要、予定対価の額等を明らかにして都道府県知事に届け出ることを要し(国土法二三条一項、同法施行規則四条三項)、これに対する勧告の要否の基準となる土地価格の判定は、建物の評価を前提に行うべきものとされ(国土庁土地局地価調査課長通達)、また、宅地建物取引業者は、建築工事完了前の建物については、建築基準法六条一項の確認があつた後でなければ、自ら当事者として売買契約を締結することはできず、右売買の仲介を行うことも禁止され(宅地建物取引業法三六条)、さらに、売買の相手方に対し、売買契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、建築工事完了時における建物の形状、構造等を記載した重要事項説明書を交付して説明させることを要し(同法三五条一項五号)、これらの違反行為は宅地建物取引業者の業務停止事由とされている(同法六五条二項二号)。

佐藤誠が、本件売買協定書作成の四か月余り前に被告としての買受けの意思表示をして原告らと交渉を進め、原告らとの間で、本件開発行為の手順として、土地の売買につき国土法の届出をして所有権移転登記を行い、建物について建築確認を取得した後に、錯誤を原因として右登記を抹消した上、未建築の区分所有建物を改めて土地付で売買する形式で再び国土法の届出を行うこととしたのも、前記のような法律上の制約を理解した上で、これを潜脱することを意図したためにほかならない。《証拠略》によると、原告サンセイ建物は、本件土地及びこれとほぼ同時に進行していた松ケ谷物件の事業予定表を作成して佐藤誠に説明しているところ、その中でも、近隣問題及び電波障害の解決対策、工事費の確定をして建築確認申請を行うべく、建築確認を取得してからが専有卸し売買の本当の手続となり、それ以前は契約準備の段階である旨記載されていることが認められ、本件売買協定書においても、建築確認、住宅事業承認及び国土法の届出に対する不勧告通知を受領した後、一四日以内に未建築の建物を含む本件物件の売買契約を締結することが明記されている。現に、土地については本件売買協定書の作成直後に売買契約が締結され、仲介業者である原告サンセイ建物に対して土地代金に対応する仲介手数料も支払われているのに反して、建物については、近隣問題等も進ちよくせず、建築確認申請の前提となる開発事前協議の手続も遅延し、事前協議の申請がされたのは本件売買協定書の作成から八か月後のことで、肝心の建築確認はついに取得するに至らなかつたのである。また、原告らにおいて、本件売買協定書の作成前に、佐藤誠に対し、建築予定建物に係る重要事項説明書の交付及び説明をしたことは、証拠上これを窺うことができない。そして、本件売買協定書に先立つ本件共同事業協定書においても、開発計画の大きな枠組みが確認されたにすぎず、本件物件の売買価格、利益の算定、近隣問題及び行政指導等に関する費用も今後の協議事項とされているにとどまるし、その後、本件売買協定書の作成までの間には、建物代金のうち原告藤信の利益金等の調整が交渉の焦点となつており、建物代金のうち建築工事費について前述のような観点からする検討を経て本件売買協定書にいう一八億一五〇〇万円(設計料、負担金、近隣問題解決金を含む。)が決定されたような形跡はなく、これがどのような根拠資料に基づいて定められたかを明らかにする的確な証拠はない。かえつて、前記認定事実に照らすと、当時、建築予定建物については、建築可能な建物の概略を確認するいわゆるボリュームチェックのための基本プラン平面図等が作成されていたにすぎず、建物の設計監理者及び施工業者すら決定していなかつたところ、《証拠略》によれば、被告は、マンションの建築分譲の専門業者として、通常、住宅事業用地を取得する以前に概略計画図を作成し、社内の基準工事費に基づいて建築費を算出した上、原価を積算して仮の販売価格を設定し、土地の購入を行つていることが認められるから、土地の購入すら行われていない本件売買協定書の段階においては、建物売買代金の金額を決定する上で重要な要素となる建築工事費を精確に確定するに由なかつたものといわざるを得ない。さらに、本件売買協定書においては、建築確認の取得等の履行が困難となつた場合の解除条項を設け、その場合に双方とも損害賠償の請求はしない旨規定しているが、右条項は、殊に佐藤誠の要望により、開発事業の進展いかんによつては履行が困難になる事態も想定して協定を容易に白紙還元する余地を留保したものであり、現に、原告藤信は右条項に基づいて右協定をいつたんは解除する旨通告し、佐藤誠もこれに応じているのであつて、当事者とも当初から売買契約としての拘束力を認めていなかつたことが窺い知られるのである。

以上のような諸点にかんがみると、原告藤信が主張するように、本件売買協定書により未建築の区分所有建物である本件マンションについて最終的かつ確定的な売買契約としての合意が成立したということは困難であり、未だ右建物についての売買契約の準備段階にあつたものというほかはないから、本件売買協定書の作成に関する佐藤誠の権限について触れるまでもなく、原告藤信と被告との間で右売買契約が成立したということはできず、右主張は採用することができない。

(二)  原告藤信は、さらに、右建物につき建築確認及び公庫事業承認の取得並びに国土法の届出に対する不勧告通知を停止条件とする売買契約が成立した旨主張するが、右のとおり、本件売買協定書により建物の売買契約が成立したものとはいえないのであるから、売買契約の成立を前提としてその効力の発生を右建築確認の取得等の条件にかからせることはできない筋合であり、条件成就の妨害の点について論ずるまでもなく、右主張は採用の限りではない。

(三)  原告藤信の主位的請求は、前記のとおり、本件売買協定書のほか本件各支払約定書に基づくものであつて、右支払約定書は、右協定書がいつたん合意解除された後に、これを撤回して再び協定書の内容を続行するべく、当初の利益金に経費負担金を加算した五億四〇〇〇万円の支払約束を内容として原告藤信が被告大宮営業所長佐藤誠との間で締結したものであるから、進んで、本件各支払約定書が被告に効力を及ぼす有効な契約であるか否かについて検討する。

被告は、大阪市に本店を置き、分譲マンションの売買、仲介等を目的とする一部上場の会社(資本金一四六億八七〇〇万円余)で、東京支店は、東京都新宿区に支店登記されているが、東京本社と通称され、四事業部制(第一住宅事業部、第二住宅事業部、開発企画事業部及び流通事業部)を採り、被告大宮営業所は、東京本社第一住宅事業部に所属し、北関東を一応の守備範囲とし、従業員四名から成り、佐藤誠がその所長の地位にあつたものである。しかし、被告社内の稟議基準規定により、住宅事業用地の購入について、営業所長は、売価六億円以下の場合は決裁者、売価三〇億円以下の場合は起案責任者となつていたが、実際上の運用では、売価六億円の上下を問わず、物件概要書の作成、社内稟議、事業部長の承認、対外的な折衝等を経た上、事業部長又は副社長名義で対外的な契約の締結行為を行うのを常としていたことは、前示のとおりである。佐藤誠は、それにもかかわらず、本件土地の売買につき第一住宅事業部長の承認は得たものの、本件売買協定書及び本件各支払約定書の締結については、当初から専有卸し売買では社内決裁が難しいので、原告藤信が他に売却することを阻止して被告の買主の地位を確保し、佐藤誠自身の営業成績を上げるため、不動産価格が上昇すれば何とか吸収できるとの考えから、自らの判断で行い、後に権限違反行為を理由に懲戒解雇されたものであつて、佐藤誠はその権限を有しなかつたものというほかはない。

ところで、佐藤誠は、大宮営業所長として、前記のとおり、住宅事業用地の購入につき、被告社内の稟議基準規定により、売価六億円以下の場合は決裁者、売価三〇億円以下の場合は起案責任者とされ、内部的な物件概要書の作成、社内稟議等のほか、売買契約の成立に向けた対外的な折衝、不動産仲介業者に対する買受け仲介の委任等一定の範囲で営業主の被告を代理して第三者との間で法律行為を行う権限を授与され、被告の営業に関するある種類又は特定の事項の処理につき包括的に代理権を授与された雇用関係にある使用人であり、本件売買協定書及び本件各支払約定書の締結行為は客観的にみて右事項の範囲内に属するものとみて妨げはないから、佐藤誠は、原告藤信主張のように、商法四三条一項所定の商業使用人に当たるというべきである。そして、営業主がかかる商業使用人の代理権に制限を加えても、これをもつて善意の第三者に対抗することができず(商法四三条二項において準用する同法三八条三項)、また、この善意の第三者には、代理権に加えられた制限を知らなかつたことにつき重大な過失のある第三者は含まれない(最高裁判所平成二年二月二二日判決・裁判集民事一五九号一六九頁参照)ところ、被告は、原告藤信が、佐藤誠が前示のとおり本件売買協定書及び本件各支払約定書の締結権限を有しないことを知つていたか、又は知らなかつたことにつき重大な過失がある旨主張するので、この点について検討する。

原告藤信は、本件物件につきいわゆる専有卸し売買の買主の紹介を不動産仲介業者に依頼した結果、被告大宮営業所長の佐藤誠と知り合い、自ら又は主に原告サンセイ建物に通じて、専ら佐藤誠と交渉を進めたもので、同人は、この間、原告らに対し、大宮以北の北関東は大宮営業所が所轄し、所長が決裁権を有する旨言明していたことは、前記認定のとおりである。しかしながら、本件売買協定書の内容は、本件土地上の建物が未建築で、その建築すべき建物の仕様、建築工事費、設計監理者及び施工業者、分譲利益等も確定していない平成二年二月八日の段階において、売主の原告藤信と買主の被告との間において総額三四億円で右建物を含む本件物件を売買の対象とし、そのうち土地代金一〇億六五〇〇万円は土地売買契約時に支払い、建物代金二三億三五〇〇万円は、建築工事費一八億一五〇〇万円(設計料、負担金、近隣問題解決金を含む。)と原告藤信の利益金五億二〇〇〇万円の合計額と定めた上、これを分割して同年九月一日予定の着工時及び平成三年一一月三〇日予定の上棟時に各二億三三五〇万円、平成四年四月三〇日予定の竣工引渡時に一八億六八〇〇万円支払うというものである。土地と新築建物を一括売買する場合において、国土法の届出に対する勧告の要否の基準となる建物価格の限度額は、前掲国土庁通達により、建物の建築原価の一四二パーセント相当額と定められ、建築工事費一八億一五〇〇万円の場合には七億六二三〇万円までの利益の計上が一応可能であつて、原告藤信の利益金五億二〇〇〇万円もこれを基礎にして決定されたことが窺われる。しかし、被告も、完成した本件マンションを第三者に分譲することによつて自己の営業利益を挙げることは当然の前提になつているところ、原告藤信に前記利益金を支払えば上乗せ可能な被告の利益分の限度額は一応二億四二三〇万円となるが、被告は、土地代金に対する少なくとも建物竣工引渡時まで二年二か月分の金利、諸税、販売経費等の負担を免れず、さらに、設計、施工、近隣対策等もすべて被告が行うこととされ、建築工事費の増加等の不確定要素も考慮せざるを得ないから、これらの点を勘案すると、本件開発事業による被告の営業利益は相当圧縮を余儀なくされるか、場合によつては採算すら覚つかない事態も生じかねないことは明らかである。原告藤信は、不動産の売買、仲介業者として、かかる事態の発生を予測した上、佐藤誠が、大宮営業所長として、このように買主側にとつては不利益を強いられる要素のある反面、建築費等のいかんにかかわらず確定的利益が事前に保証された売主側にとつては甚だ有利な一方的な内容の本件売買協定書を締結するに至つた意図なり動機を疑つてしかるべきであり、そうとすれば、佐藤誠が自己の営業成績を上げるため、不動産価格が上昇すれば原告藤信の利益金も何とか吸収できるとの安易な考えから独断専行した前示のような事情も知り得たものというべきである。ところが、原告藤信は、まず土地売買を行つて建物の建築確認を取得した後に錯誤を原因として登記を抹消し未建築の区分所有建物を改めて土地付で売買するという本件のような手法を採つた取引経験がなかつたにもかかわらず、利益金の保証等の破格の好条件に引かれて本件売買協定書を締結したものである。のみならず、本件売買協定書は、佐藤誠が大宮営業所長として記名押印しているが、その直後の本件土地に係る不動産売買契約書においては、被告東京本社第一住宅事業部長が記名押印しているのに、その後、原告藤信との間で本件売買協定書を合意解除した上、これを撤回して本件売買協定書の内容を続行することとして本件各支払約定書に記名押印したのは、再び大宮営業所長佐藤誠なのである。また、原告藤信は、本件土地の右売買契約書には本件売買協定書と関連付ける記載文言がないため、この間に関連性を持たせるべく、自己が保有すべき契約書についてのみ大宮営業所長の記名押印も得たが、本件売買協定書には第一住宅事業部長の記名押印を求めることはしていない。さらに、合意解除の際には、原告藤信は、被告の大宮営業所長宛と第一住宅事業部長宛の二通の解除通知書を作成した上、同営業所に赴き、佐藤誠と右通知書の発送及び解除承諾書について話し合い、佐藤誠から第一住宅事業部長には自分から説明するので解除通知は発送しないよう申出を受け、かつ、本件土地の買戻資金の調達のため、被告が合意解除に応ずる旨の承諾書を作成して大宮営業所長の記名押印を徴しているのである。本件各支払約定書の内容、様式等についてみても、本件共同事業協定書及び本件売買協定書がいずれも原告サンセイ建物の作成に係る詳細なものであるのに反し、本件各支払約定書は、原告藤信自身の作成に係る簡単な書面であつて、本件(一)支払約定書は、本件売買協定書では合意解除の場合に双方とも損害賠償の請求はしない旨約定されていたのに、買戻融資金の金利分二〇〇〇万円を経費負担金として原告藤信の利益金に加算した合計五億四〇〇〇万円の支払約束がコクヨの事務用紙に手書きされているにすぎない。本件(二)支払約定書に至つては、原告藤信の平成三年の決算期を控え、建築確認取得等の条件にかかわらず、右金員を同年七月五日に支払う旨の確定期限付のものであつて、建物の売買契約の履行という側面を離れ、専ら原告藤信の利益金等の取得のみを目的とした一方的な内容に終始しており、いずれも佐藤誠が大宮営業所長として記名押印しているにすぎず、同人はそのコピーすら取らないまま締結行為を終えているのである。

以上の諸点を総合勘案すれば、不動産取引の専門業者である原告藤信としては、佐藤誠の代理権に加えられた前示制限について悪意であつたとまではいえないとしても、少なくとも、本件各支払約定書の作成の段階においては、佐藤誠が大宮営業所長として独断で記名押印したもので、自己の権限違反行為の発覚を恐れて何らかの工作をしているのではないかと疑い、その権限を吟味してしかるべきであつて、わずかな注意を払い、事業部長に確認するなどの措置をとつていれば、佐藤誠が無権限であることを知り得たものというべきであり、これを知らなかつたことについては、公平の見地上、全く保護を与えないことが相当と認められるほどに著しく注意に欠け、重大な過失があるものといわざるを得ない。そうすると、原告藤信が主張するように商法四三条一項の規定を根拠にして本件売買協定書及び本件各支払約定書が被告に効力を及ぼす有効な契約であるということはできない。

原告藤信は、さらに、佐藤誠の行為につき民法一〇九条又は同法一一〇条の表見代理が成立するとして、本件売買協定書及び本件各支払約定書が被告に効力を及ぼす有効な契約である旨主張するが、前記認定及び判断によれば、被告が佐藤誠に対して大宮営業所長の肩書を付与したからといつて、直ちに同人が本件売買協定書及び本件各支払約定書の作成に関する代理権を有する旨を原告藤信に表示したものとはいえないし、また、佐藤誠が右代理権を有すると信ずべき正当の事由が原告藤信に存在したともいえないから、右主張は採用することができない。原告藤信は、無権代理行為の追認の主張もし、これに沿う証拠もあるが、前記認定事実並びに弁論の全趣旨に照らしてにわかに信用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、右主張も採用の限りではない。

そうすると、原告藤信の主位的請求は理由がない。

2  予備的請求について

佐藤誠は、被告の被用者であつて、被告の事業の執行に当たり、原告藤信との間で、本件売買協定書及び本件各支払約定書を作成したことは前示のとおりであるところ、原告藤信は、佐藤誠が自己に右契約締結の権限がある旨の欺罔行為をしなければ、同原告と東京建物との間で、被告との本件売買協定書が作成された平成二年二月八日ころまでに代金総額三四億四〇二三万〇八〇〇円による売買契約が確実に成立し、同原告は本件売買協定書と同額の利益金五億二〇〇〇万円を確実に取得し得たはずである旨主張するので検討する。

本件売買協定書の作成前において、東京建物から原告藤信主張のような金額による専有卸し売買の引合いがあつたことは前記認定のとおりであるが、《証拠略》によると、東京建物の右引合いの申込書は、専有坪単価、支払条件、専有面積等の概略を手書きしたメモで、建物の仕様等及び原告藤信の利益金の記載はなく、当時用意された設計概要書や図面もごく大まかなものにすぎないことが認められる。そして、協定書の締結、事前協議手続、建築確認申請及び国土法の手続等を経て契約締結に至るまでに要する時日、本件売買協定書における原告藤信の利益金の事前保証が破格なものであつたこと、当時の経済情勢やいわゆる総量規制の実施など前記認定事実を併せ考慮すると、原告藤信が東京建物との取引によつてその主張のような利益を確実に取得し得たものとまで認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。なお、原告藤信の主張が、本件各支払約定書に基づく合意が履行されなかつたことによる損害賠償を求める趣旨を含むとしても、前記認定及び判断によれば、原告藤信は、佐藤誠がその職務権限内において適法に右支払約定書を作成したものでない事情を知らなかつたことにつき重大な過失があるものというべきであるから、本件各支払約定書に基づく合意の不履行につき被告は民法七一五条一項に基づく使用者責任を負わないといわなければならない。

そうすると、原告藤信の予備的請求は理由がない。

四  進んで、乙事件における原告サンセイ建物の請求について判断する。

1  主位的一次的請求について

原告サンセイ建物は、遅くとも平成元年九月二二日ころには、被告大宮営業所長佐藤誠から土地付区分所有建物の売買の仲介委任を受け、原告藤信ないしその仲介業者である共栄不動産こと佐藤四郎との間で仲介業務を行つたこと、佐藤誠は、本件売買協定書の作成の際、売買の成立時に宅地建物取引業法四六条一項に基づく建設省告示所定の仲介手数料を支払う旨約したこと、被告は、本件土地の売買契約の成立に当たり、その土地代金に対応する約定仲介手数料合計三二〇一万円を原告サンセイ建物に支払つたことは前記認定のとおりである。そして、原告サンセイ建物は、本件売買協定書により未建築の本件マンションについても土地付区分所有建物として売買契約が成立したことを前提に、その建物代金二三億三五〇〇万円に対応する約定仲介手数料の支払請求をするが、原告藤信と被告との間で右売買契約が成立したことを肯認し難いことは前示のとおりであるから、右請求は理由がない。なお、原告サンセイ建物は、被告との仲介契約の成立自体についても、民法一〇九条又は民法一一〇条の表見代理並びに無権代理行為の追認の主張をするが、宅地建物取引業者の仲介手数料請求権は仲介業務により不動産売買契約が成立したときに発生するものであつて、右売買契約の成立を肯認し難い以上、右主張については判断の限りではない。

2  主位的二次的請求について

原告サンセイ建物は、また、本件売買協定書により右建物につき停止条件付売買契約が成立したとして、条件成就の妨害による売買の成立を前提とする仲介手数料の請求をするが、右条件付売買契約の成立も認め難いことは前示のとおりであるから、右請求も理由がない。

3  予備的請求について

原告サンセイ建物は、佐藤誠の欺罔行為がなければ、自らの仲介により、原告藤信と東京建物との間で前記のような売買契約を確実に成立させることができたとして、右売買契約の成立を前提とする仲介手数料相当額の逸失利益につき損害賠償の請求をするが、右前提事実を肯認し得ないことは前示のとおりであるから、右請求も理由がない。

五  よつて、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

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